もくじ

一部、日記で書いたけどもしかしたら多くの人に有益な話かもしれないので単独で記事化しました。

嫌いなものが大体同じ

共通の好きなものの話題は盛り上がるけどそれ以上に共通の嫌いなものの話題は盛り上がる。意識を共有した感がものすごい気がする。嫌いなものは好きなものに比べて個人のこだわりが強い部分な気がするのでお互いに深い共感を得ているのかもしれない。汚らしい例えになってしまうけど嫌いな奴の話題が何か盛り上がっちゃうみたいなそんな感じなのかもしれんね。って言っても日常会話で嫌いなものの話題になることは私達は殆ど無い。嫌いなものが似ているからこそどちらかがネガティブに感じる会話が少ない。嫌いなものにズレが多いと片方は何気ない話をしていると思っていてももう一方が密かに微妙に不快な思いをしていたなんてことも少なからずあるんじゃないでしょうかね。

ちなみに私達の嫌いなものの一例は「人ごみ」「通勤」「タバコ」「歩道を通るのが当たり前と思ってる自転車乗ってる人」「我が子に何かでブチ切れて騒いでる親」「的外れなキャッチコピー」とかとか。まぁ多くの人が嫌いそうなものだね。そうでもないのかな?

どっちも家事をやる

もしかすると超大事なことかも。私達は現代人ヨロシク共働き且つ休日も合ったり合わなかったり。だので片方が休みの日は休みの人が家事をこなしますです。特に作業分担するでもなく掃除、洗濯、料理をお互いがする。面倒なことも多いけど家事はお互いやった方が良いと思う。というか家事は奥さんに任せちゃおーみたいな考えの男性諸君は考えを改めるべきだ。家事を奥さんに押し付ければ結果的に窮屈な思いをすることになるでしょう。いや仕事してお金稼いでるんだし家事くらいやって欲しいよっていう意見もあるだろうけど仕事して給料もらうことなんて誰でも事で別に誇ることじゃない。大抵の仕事は職場に行きさえすれば金もらえるんだから給料の額とか仕事の内容とか頑張り具合なんてのはどうでもいいんです。けれど家事ってのは極論やらなくても生活できるし金も生まないし強制力も無いものだけど、だからこそ難しい。でも家事は豊かな生活を求める上では非常に大事。だからやった方が良いんだけど絶対にやらなければいけないことでもないから己を律して計画的に家事を遂行することが困難なのです。そんなクソ高難易度の家事を片方に押し付け続けていたらどんだけ金持ってこようとリスペクトなんて生まれるわけがない。だから家事はお互いやった方が良い。出来る範囲でいいから。家事を完璧にこなせる人は大抵の仕事がハナクソに思えることでしょう。

外部からストレスを持ち込まない

仕事の選び方の話になってしまうけれど、夫婦それぞれ生理的に無理な事柄がある仕事をしない方が仲良くやれる。これは間違いない。日常生活で強いストレスが生まれる場所の9割以上は職場だと思われる。仕事で嫌なことがあって愚痴をこぼす、1回や2回ならまだいいけど何回も言われたら聞いてる方が疲れてくるでしょう。そもそも過度なストレスが無ければネガティブ感満載に愚痴ることも無いので、嫌な仕事はさっさと辞めましょうw替わりの人はいくらでもいるし他に仕事はいくらでもありますから。私が働いている職場で決まって上司の愚痴を言ってくる人がいるが、はやり同じ内容の愚痴を聞かされると疲れてくるし、さっさと上司に文句言えよって思うしその人と話をする気そのものが無くなる。「疲れるから愚痴を言わないでください」と言ったらそれ以降は愚痴られることが無くなって他愛もない会話だけになってお互い気分が良くなった。夫婦間に限らずネガティブな話題が多くなるのは避けた方が良いね。それでも愚痴りたい時は必ず笑いの要素をふんだんに入れよう。そういうセンスが無ければ全力でストレスを取り除く努力をしよう。

私達夫婦は愚痴というものがほぼ発生していない。特に意識していないが愚痴るようなことが無い。それは自分の性格を理解して生理的に無理なことを排除しているおかげだからかもしれない。

やりたいことをやる、止めない、過干渉しない

これはかなり高難易度ですよ奥さん。私達はお互いにやりたいことをやっている方だと思う。私は投資のための情報収集を何時間でも続けるしお金も使う。妻は妻でやりたいことに時間を費やしてそこそこお金も使う。それをお互いに尊重して思い通りにやってもらう。経験こそが財産という共通認識があるのでそうしている。むしろやりたいこと、試したいことをやらない方がナンセンス。始めるのに遅すぎるということは無いが早いに越したことはないってやつ。ってかお互いにやりたいことをやっている相手が好きなのだ。仮に妻がなんだか妙に色々我慢しまくってたらそれはもう別の人なのです。もし糖質オフとかやってたら二人で食べてる物が違うとかも当たり前にある。時に人はそれを個食や孤食だのと言うが人には気分ってのがあるし食べたくないものを無理に食う必要もないと思う。互いの価値観に相違が無ければ他人が決めた「〜べき論」は排除してしまった方が良い。

我慢するっていうのは案外、知らない人たちの価値観に振り回されるって事でもあるのかもしれない。世間の価値観に合わせていたら自分からストレスを発生させてしまうことでしょう。自分だけがやりたいこと、良いと思うこと、正しいと思うことだけをやっていればお互い気持ちよく生活できることでしょう。

一緒になってみなきゃわからない

残念ながら相性の良い人なんて事前にはわからない。私達も結果的に仲良く出来る相手でしたと言うしかない。事前に調べたわけでも示し合わせたわけでもないしね。けれどそれなりの時間一緒に過ごすと二人の価値観が混ざってくると思う。そう言えばそうかも?って思った人は仲良く過ごせる相手と一緒にいるってことでいいんじゃないかな。逆に「俺ぜんぜん変わらないな」って思った人は相手の価値観を受け入れていない可能性がある。それだとどんだけ一緒にいても仲良く過ごすことは難しいんじゃないかなって気がする。そしたらさっさと別れた方が無駄な時間過ごさなくて良いかなと私は思う。人間、無理なものは無理なので合う人と巡り会うまで数をこなすのが良いと思いますですよ。そもそも夫婦生活が向いてないって人もいるからねw